2007年01月10日

竹光侍

松本大洋の「竹光侍」(作は永福一成)に昏倒。江戸モノですよ、江戸モノ! 主な視点はかたぎ長屋に住む大工の倅の勘吉。長屋の差配さんは引退した岡っ引きだし、剣とともに育ち強く美しいものを見れば切磋琢磨せずにはいられずそれゆえに「なんぞにとりつかれておる」と指摘される浪人者の主人公瀬能宗一郎は謎めいてて浮き世離れしてるし、それよりさらに頓狂な旗本三男坊の御輿大三朗とか、登場人物の造形がツボ。虚心坦懐に物事を見て自分の判断に基づいて行動できてて、全く権威主義じゃないとこがいいのよ〜。刀の国房に(たぶん槍の黄金無双にも)魂魄がこもっているという描写もツボ。
杉浦日向子のむこうをはるくらいの考証もついてるし、一段と凄みのある絵になっていて、続刊が今から楽しみです。

松本大洋のほかの作品は「吾」と「GOGO モンスター」しか読んでいないけど、限られた平面なのに覗き込めば凡人の私でもその奥まで見通せる気になるようなリズムと表現力にいつも平伏してしまいますだ。

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2007年08月04日

竹光侍(二)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第二巻。
瀬能宗一郎、相変わらずとらえどころがない浪人で、時折計り知れない恐ろしさも持ち合わせた御仁でありんす。長屋のみんなや寺子屋の子たちや矢取女お勝との付き合いからすると主張もはっきりしてるし共感性もあるし賢いし健全な想像力もあるから、まっとうな生活を営んでいけそう。よけいな刺激さえなければ。今は質に置いてある刀の国房とペアでいるとカタストロフィを呼び起こす可能性、あるいはかつて呼び起こした実績があるんだろうなー。生国の信濃では親父さん指導の下の偏った剣術エリート生活で、身の内に巣食う鬼(相手の存在を押しひしぐ力とでも申しましょうか)が一時制御不能だったというかんじなのだろうか。第一巻から気になってたけど、袖口からのぞく右腕、やたらに傷だらけだし。

第二巻は前半、一巻から引き続いての辻斬り話が中心。岡っ引き恒五郎による宗一郎監視日記の「恒の意気地」の回の語り口が最高。物事の本質を捉える恒五郎の視線とその理念が粋だし、師と仰ぐ元親分への憧憬・崇敬の念がひしひしと感じられるのです。この話も含め、いろいろな人物の視点から描いた、伏線となる閑話的エピソード群がまたいいんですよ〜。
そして、松本大洋が描くジジイって、修羅場をくぐり抜けてきた余裕があって色っぽいんだよね。そうです、あたしゃ恒とおんなじで、元岡っ引き親分の長屋の差配さん与左衛門が大好きさ。辻斬り始末の段での落ち着き払いようとか、そもそも宗一郎の大家というあたり、ただ者ではないはず。
武家の頓狂な三男坊御輿大三朗も相変わらずいい味出してます。

後半は御家老に雇われた剣客木久地真之介が新登場。こいつもぶっとんでます。きっとこいつが新たなカタストロフィのトリガーになるのであろうぞ。御家老もビバ!ジジイ!な海千山千っぽい。しかし宗一郎よ、あんた、信濃でなにやらかしたんだ…。

今回の巻も、「見慣れぬ子」といい、辻斬り始末といい、木久地の人斬り百花繚乱といい、凄味のある描写です。ただの線画なのに、読んでて色彩に縋り付かれた気がしました。
単行本次の巻は順調に行けば年末くらいに発売かしら。今から楽しみ。

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2008年01月05日

竹光侍(三)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第三巻。昨年11月頭には店頭に並んでおりました。単行本発刊ペースが速い。価格据え置きでちょっとずつ薄くなっている気がしないでもないが。

第三巻中盤までは何といっても、恒〜(涙)な事件!!
そのため、瀬能宗一郎、意外に早く木久地真之介と刀を交えます。日常の他愛無い風景の一隅で一瞬鬼二匹が通り過ぎたような光景を陰から岡っ引きたちが凝視、そののち大乱闘という描写がスリリング。
宗一郎の生い立ちも結構ナゾだけど、木久地の氏素性もかなりナゾ。武家らしからぬ言動、関取並みの体躯に二の腕にふた筋の入れ墨(元罪人)って、百姓あがりのような気がする。なぜ帯刀できているかはわからないけど。単なる無法者か、法に準じているなら単純に考えれば武家に養子だけど、まさか、元関取だったとか?敵役の人間造形にもつい分け入っていきたくなるような奥行きがあるところがいいっす。御家老大村崎と宗一郎(というか、宗一郎の父親)との関係も気になる。質においておいた魔刀国房を買い上げた主が誰かも気になるところ。御家老だったりしたらいいな。
そして、かつて「風の与左」と異名をとった俊足ゆえに木久地に追いすがり半死半生の目に遭いながら木久地捕縛を導いた差配さんが〜。巻を追い事件を経るごとにがたっと老け込む姿がなんとも。
親父の借金癖に立つ瀬がなく、寺子屋にも行かず一人遊びする勘吉の「ともだち」の話がまたダークファンタジーで好みでした。宗さん全然動じてなかったけど、あんたもあっち側からよくお誘いがかかっていた子だったのかね。確かに「剣に愛でられる者、剣より選ばれる者」で国房にだいぶコナかけられてますが。国房がどういう経路でまた宗一郎の目の前に現れるかが楽しみ。

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2008年05月19日

竹光侍(四)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第四巻。十話分連載が済むとすかさず出されているとおぼしき単行本化ペース。四巻目にして気が付きましたが、表紙カバーは裏表とも金銀の箔ちらし模様という凝った装丁だったのね。

前半は多岐家次席家老の大村崎十三(ビバ!おやぢ!)が語る、瀬能宗一郎に生国信濃から刺客が遣わされる理由編。鬼気迫る剣の使い手という以上に命を狙われる理由があったわけであります。宗一郎の生い立ちに、私も腰が砕けるかと思うたよ。そして、三巻で人手に渡った魔刀国房の行方。そうか!江戸であの価値がわかる人間といったら!
後半は、大村崎の近習森佐々太郎が新たな刺客(本人はそのつもり)として江戸入り。森殿、一途に理想に燃える愛い奴。腕はたつけど、言っちゃなんだが、宗一郎の敵はつとまらない。宗一郎は剣から離れ平穏で幸福な現在の生活を維持したいようだけど、それをおびやかすであろう宿敵は、サイコパスびいどろの鉄なんか目ではない、三巻で捕縛され今のところ小伝馬町の牢にいる木久地真之介であろうぞ。宿敵というか剣を交えるだけのためにストーカーと化してそう。結構いじらしい矢取女お勝のためにも魔刀国房と宗一郎が邂逅しないといいのだが、そうもいくまいなあ。宗一郎の身の内にもまだ剣の鬼はいるのだろうし。

相変わらず、描いてある以上の情報を含む描写。敢えて描かれていない部分が想像力を刺激して、がつがつ説明がましく描かれるよりもずっと情報豊か。物語の筋運びといい作画といい無理無駄がなく、ページ数はコンパクトなのに非常に広がりがあるのだ。

ところで宗一郎の腕の刀傷、いつのまにか左になってる…。

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2009年01月19日

竹光侍(五)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第五巻。とっくの昔、昨年の秋頃に出ておりました。今回も十話収録。あっと驚くような展開はなく、多岐家の跡取り問題に進展がないということもあって、話の動きはちと地味。やっぱそうだよねーというエピソードが多い。

やっぱりねーの筆頭は、瀬能宗一郎に挑むもしたたか打ち据えられる森佐々太郎。木久地真之介の脱獄とか、木久地は農民だったのかとかも、やっぱりねー。なんで帯刀できてるのかはナゾだけど。刀の国房、蟹若殿とうまくいけばいいのにね。ちょこっとしか出てこないけど、御輿大三朗が相変わらずいい味出してます。身の内に多少なりとも鬼が棲み戦を切望する剣呑な御方ですが、黒犬と違って破滅願望ではなくて、人や物を愛でる心を持ちつつ、もののふとしてなすべきことをなして死ぬることに憧れているところが好ましい。
木久地と再び刀を交える前に、誰か宗さんの近しい人が木久地の凶刃に倒れることになりそうであるよ。いやん。一番危ないのはお勝さんかな。あるいは長屋か寺子屋の誰かがやられて、信濃に戻らざるを得なくなるとかかな。

話の意外性はあまりなかったけど、今回は音声が聞こえてくるような描写がすばらしい。雷におびえる子どもらの甲高い声、すぐそばに落ちる雷の轟音や豪雨が屋根戸板を打ち地をうがつ音、増水した大川にきしる橋げた、枯葉が一斉に冬の風にさらわれていく音、首縊りの木の枝がしなる音。死に絶えた大地に容赦なく照りつける陽の下の無音、屍肉をあさる鴉の声や蝿の羽音には震撼してしまいましただ。…木久地、屍肉喰らってそうだな。木久地の声はハスキーなイメージです。
どうでもいいことだが、多岐家次席家老大村崎が村井国夫に見えて仕方がない。

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2009年06月01日

竹光侍(六)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第六巻。表紙は長槍構え溌溂と駆け抜ける騎馬武者姿の御輿大三朗と、その中間、足軽姿の源次。ページをめくるとのっけからある「目一つの鬼来りて、佃る男食ひき」という禍々しい一枚絵に肝を潰し思わずぎゃっと本を取り落としそうになって、ついでに、表紙の御仁は魔刀国房ベアラーだということを思い出したのでありました。

前半は主に源次視点で語られる、日本一の馬鹿、「生まるる時を違えたうつけ」の最期の花道譚。あたしもどうにも涙がとまらねえよ。でも、蟹若殿にとっては生き残るにせよ死ぬにせよ、鬼退治に成功するかもののふとして幕を引くか、どっちに転んでも悔いなし。なんと満面の笑顔であることか。最期の鳥瞰視点といい、最後まで突飛な漢であったよ。それにしても、木久地を武士と認識するのはともかくとして、まさか木久地に面と向かって有料で果たし合いを申し込むとは思わなんだ。それを木久地がまさか受けて立つとは思わなんだ。揃いも揃って愛すべき馬鹿なところが好きである。縦横無尽な一瞬の果たし合いには総毛立ちましたぜ。松本大洋が描く闇というものはなんであんなに底なしなんでしょうなあ。
そして、刀の国房が蟹若殿の手を経て宗一郎のもとに戻ってきたのは宿命としか言えない。後半、木久地討伐を決意した宗一郎、寺子屋の仕事をうっちゃって、木久地の報復ターゲットである信濃の藩士たちに接触。たしかにこいつらにくっついていればいつか必ず木久地に出くわすわなあ。いつものごとく皆となじんでいつの間にかリスペクトまで集めてたりします。底なしの闇を描くかと思えば、 "What a wonderful world" ばりに小さくともこの世の善きものをひょいひょい描いてあるところもたいへんに魅力的な作品であります。

だんだん藩士も宗一郎を斬る気なくなってるし(というか、能力的に斬れないし)、もし宗一郎が木久地を斬り捨て勝ち残ったら、世継ぎ問題はふりだしに戻りますね。まだ本人は自分の出自を知らないみたいけど、いっそ殿になっちゃえよ。さらに、この巻末尾でどこぞの参勤大名が意味ありげに登場というのは…このあと関わってくるのかな。
あと、雷電(信濃出身)・柏戸が活躍した時代ということは、これって1800年前後の話だったのね。


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2009年11月27日

竹光侍(七)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」第七巻。地味に木久地が表紙。白い握り飯が美しい。ネズミのメシを愛でる気持ちがわかったわ。ページをめくれば、多岐家次席家老大村崎十三が瀬能宗一郎を亡き者にせんと出向いた折の拘束制御術式大開放シーン。身の内のどこかにおさまっていた鬼が身を裏返して這いずりだしてきたような有様。「遊星からの物体X」か(笑)。こりゃすごい悪夢。

前半は殿の健康ますますすぐれぬ多岐家の事情。筆頭家老武部兵部之介がご落胤瀬能宗一郎にこだわる理由。たしかに器は大きいよなあ。宗一郎の出自が出自だけに、のちのち血で血を洗う事態は必定。それに充分に対処できるように両親が愛情(愛憎かもしれない)を注ぎ剣を仕込んだだけのことはある。宗一郎は江戸詰めの大村崎サイド藩士たちにさえもなにげに人気。
そして、彼らの前に木久地が登場して耳を聾すばかりの雨音の中、大殺戮、宗一郎との一騎打ち。宗一郎、強い!!しかし木久地を討ち取るには至らず逃げられてしまいます。木久地、破滅願望強いくせに、肝心なところで命根性汚ねーな。
後半、宗一郎の処遇にけりをつけるために江戸に上ってきた大村崎。森の心配(大村崎の聡い娘の手紙を読んだからだと思う)をよそに大村崎が脳天気に謡ってるのは、小室節ですね。普段おちゃらけてる奴だからつい忘れがちだけど、瀬能一家急襲の日以来、実は精神的に生ける屍状態。というのを差し引いても、あんた、無責任すぎだよ!森への親書の内容は想像つくけど、宗一郎を世継ぎに推す武部へはなんとしたためたのだろう。気になる。
さて、こうなると、宗一郎の懸案事項は、木久地討伐と殿就任辞退ですかね。

今巻つくづく思ったけど、宗一郎の身の内に鬼棲まうというよりは、大村崎や木久地のような暴力性や破滅願望を持つ輩も引き寄せやすい体質で、そいつらの身の内の鬼を映し出してるという印象。勘吉やお勝や家老武部など、ちゃんと他者に愛着抱ける人間は宗一郎に夢と希望を見いだしてるし。
刀の国房はもう宗一郎と一体化しちゃったのかな?剣戟は今回とてもフィジカルでした。型とか理屈とか関係なしに、もう目の前の敵を倒せ!な実用的なかんじ。
あれ?殿って、宗一郎の存在を知らんのか?知ってて知らぬふりなのか?
次巻が最終巻になりそうな気配でなおさら楽しみです。どう決着するんだろう。

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2010年12月06日

竹光侍(八)

松本大洋、永福一成の「竹光侍」、GW頃に発刊された最終巻。今頃になってだけど、感想をば。

人の性根は年経りゃ変わると、あんたは思うかね?
おれは思わねへ。
人というのはたやすく変わらねへ。


大家の与左衛門、元岡っ引きの親分だけあって相変わらず鋭い人間観察。身の内の鬼を振り切れぬ宗一郎の迷いをきちんと見抜いています。この「人の性根は年経りゃ変わると思うかい?」は二巻でも辻斬り成敗エピを経て大家の与左衛門が法元和尚に同じように問うてるんだよね。

木久地ひとりで宗一郎の身の内に潜む鬼を発動させちゃうとは、さすが希代の刺客。死に花咲かせたいと希う(←うわ、「こいねがう」で一発変換)木久地はちゃんと自分の死神に引導渡され、宗一郎は息詰まるような木久地最終対決を機に円満に国房と別れ内に巣食う鬼も落とし、カタストロフィを引き寄せる体質を改善して人とともに生きていくという大団円。片腕という代償はあるわけだけど。
桜吹雪の下、「御伽話のような」「なにやら夢の中におるような」結着にしてくれてるところが好き。場合によっては最終話を死にゆく宗さんの夢オチにもできたと思うけど、「後日」と力強く言い切るところがよい。
松本大洋作品って自分と自分を取り巻く環境の受容と他者に対する揺るぎない信頼感を基本とする個人主義に基づく気がします。様々な運命まで操作できるとかまでは思い上がらず、自分の器の限界と「人というのはたやすく変わらない」ということを自覚しながら他者との関わりを通して前向きだろうが後ろ向きだろうが邁進しているところが好きであります。

大人になった勘吉がものすごい男前になっているところもうれしい。なにげにお勝さん口説いてるし。メシがご老公化してら。木久地が初めて殺した相手が自分の父親というのは結構意外。農民とはいえ割に豪農の出だったのかな?結局出自がナゾのままだけど、ナゾな人だからどうでもいいや。
そういや国房って宗さんが信濃のお山にいるころから手元にあったわけだけど、元は育ての親父さんのものだったのかしら。1巻から読み返してみたけど、どういういきさつで瀬能家に国房があったのかわからんのよね。私としては、殿様が国房と奥女中(=宗一郎母)に呪いを込めて親父さんに下賜したんじゃないかと思っているのだが。



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